醤油の話
●醤油(しょうゆ)の歴史
<先祖は東南アジアから>
「ソイソース(豆のソース)」として、今や世界に進出している醤油(しょうゆ)。最近では、フランスの三ツ星レストランでも料理の隠し味に醤油(しょうゆ)を使っている例が少なくないといいます。また、ロシアやアフリカなど、「そんなところでも?!」というほど世界の食卓への浸透度も驚くほど。日本独自の調味料ながら、醤油(しょうゆ)は世界が歓迎する調味料として、その評価が高まっています。まさに日本の誇りの味ともいえるわけですが、現在、私たちが知っている「醤油(しょうゆ)」との付き合いは意外に新しく、始まりは鎌倉時代のことです。
ただ、「醤(ひしお)」と呼ばれる、醤油(しょうゆ)の原形に当たるものの登場はもっと古く、日本書記や万葉集には、その存在が記されています。この先祖をさらにたどると、行き着くのは東南アジア。現在でも東南アジアには魚を使った「魚醤(ぎょしょう)」が用いられていますが、日本の醤油(しょうゆ)の原形は、どうやらこの魚醤であると考えられています。
それが年月とともに、当時から食の宝庫であった古代中国に伝播され、肉醤や蝦醤、麦醤などとバリエーションが広がった後、日本列島に伝わったのではないかとされています。
本来は多彩にかたちで日本に伝わった醤ですが、その後、肉を使った「醤(ひしお)」は、次第に暮らしの中から消えていきます。その大きな理由は、仏教の不殺生の教えによって肉を食べることを禁じられたことにあります。肉自体を食べてはいけないのですから、当然、獣の肉を使う醤も作られなくなっていったというわけです。
一方、魚や蝦などを使った醤はというと、こちらは禁止されたわけではなかったのですが、大豆などの植物を使った醤のほうがどうやら日本人の味覚には合っていたらしく、それに押しやられるように食卓から消えていくこととなりました。もっとも、この魚を使った醤は完全に消え去ったわけではありません。一部に地域には、その製法を少しずつ変えながらも、土地の味として細々と生き残りました。秋田県の「しょっつる」や石川県の「いしお」、香川県や千葉県の「いかなごしょうゆ」などがその例です。
<日本で進展した「醤油(しょうゆ)」>
時代は下って、時は鎌倉時代、覚信(かくしん)という禅宗のお坊さんが経山時味噌という美味しい味噌の製造方法を留学先の中国から持ち帰ります。そして、紀州・湯浅の地にこの経山寺味噌の製造に適した天然水を見つけました。そこで、よりおいしい味噌作りの研究を重ねていたある日、味噌製造に使っていた樽の底にたまった黒い液に目を止めます。何気なくなめてみたところ…これがなんとも風味豊か。当時すでに生まれていた漬物の先祖の漬け菜などと合わせるにも塩加減が良く、またご飯とも好相性と、本来目指していた経山寺味噌よりもおいしい調味料となっていました。これが「醤油(しょうゆ)」誕生の瞬間です。
といっても、実はこの醤油(しょうゆ)は今日でいう「たまり(しょうゆ)」。それでも、世界に誇る洗練された調味料「醤油(しょうゆ)」への大きな第一歩であったことは間違いないでしょう。
なお、さまざまな記録から、「しょうゆ」の呼称が生まれてとされているのは室町時代。この室町幕府の時代はそれまでの歴史に比べ、文化の花が華やかに咲いた時代。今日に直結する名前が生まれたというのもうなずける話ですね。
西暦でいえば1500年台の後半から1600年台前半、世は戦国時代から江戸幕府成立までの慌ただしい時代。織田信長や豊臣秀吉、徳川家康など武将の名前ばかりがクローズアップされてしまいます。しかし、武将たちの覇権争いの陰で商人をはじめとする庶民の生活にもさまざまな変化が起こっていました。これは、信長・秀吉・家康がともに国内交易(商売)を奨励したことが理由ですが、その中で、醤油(しょうゆ)もまた大きな転換期を迎えていました。それは、醤油(しょうゆ)生産の産業化です。
それまでは各家庭で自家製というのが醤油(しょうゆ)入手の主流。自家製でなくても、近在で醤油(しょうゆ)作りの上手な家庭や、精進料理などを作る都合上、調味料製造も家庭よりは多く作っていたお寺などから分けてもらっていました。今日のようにお店で買うというものではなかったのです。
ところが1561年、千葉県の飯田市郎兵衛という人が甲斐の大名・武田氏に納めるために工業といえる規模で醤油(しょうゆ)製造をスタート。これを契機にしたように工業規模といえる醤油(しょうゆ)製造が日本各地で始まります。そして、1588年には、醤油(しょうゆ)作りの祖・覚心の流れを汲んだ生産地・湯浅から初めて「商品」としての醤油(しょうゆ)が大阪の商人・小松屋伊兵衛のもとに送られていくこととなりました。
<そして、今の醤油(しょうゆ)へ>
醤油(しょうゆ)の入手・流通態勢に大きな変化があったのが戦国時代なら、味の大きな変化が生まれたのは江戸時代。徳川幕府治世の時代を迎え、日本の新しい中心地となった江戸では人口が爆発的に増加。人が集まれば文化が栄えるのは道理です。当然、料理ひとつとっても、大名の参勤交代をはじめ、全国各地から集まってくる人たちの口から各地の味や産物、料理法などが伝えられるのは当然の成り行き。それが江戸という大きな町の中でさまざまに変化、進展していきます。その中で醤油(しょうゆ)もまた、江戸の人たちの口に合うように改良が加えられていきました。
しかも、江戸の台人口が消費するのですから、製造も流通も商売として成立する要素は充分。かくして江戸時代中期、現在私たちが知っている「醤油(しょうゆ)」が誕生、以後、この江戸発の新しい醤油(しょうゆ)が一番オーソドックスな醤油(しょうゆ)として日本の食卓を席巻していくことになったのです。なお、21世紀の昨今では、卵かけご飯専用の醤油(しょうゆ)、焼肉に合う醤油(しょうゆ)などユニークで個性的な醤油(しょうゆ)が多彩に産まれていますが…これもまた、醤油(しょうゆ)の変革期と言えるかもしれませんね。
<醤油(しょうゆ)の5大メーカー>
関東ではキッコーマン、ヤマサ、ヒゲタ、関西ではヒガシマル、マルキン。これは日本における5大醤油(しょうゆ)メーカー。5社のうち、キッコーマン、ヤマサ、ヒゲタは、醤油(しょうゆ)の製造態勢に改革を産んだ地・千葉県が発祥。また、西の雄のうち、ヒガシマルは、千葉県同様に早くから醤油(しょうゆ)製造が行われていた兵庫県が発祥です。ところが、唯一、マルキンだけは後発の西暦1800年台の醤油(しょうゆ)製造開始。しかも、その故郷は瀬戸内海の小豆島です。
時間的後発、しかも田舎の地。その条件下に生まれた醤油(しょうゆ)製造会社が5大メーカーに名を連ねているというのも面白い話ですが、これには理由があります。もちろん、企業努力などもあったでしょうが、どうやら一番大きな理由は商品種類。実はマルキン醤油(しょうゆ)は濃口醤油(しょうゆ)を最初に商業ベースに乗せた会社。それまでは、醤油(しょうゆ)といえば「淡口」か、古くからの製法の「たまり」。そこへ登場した濃口醤油(しょうゆ)は庶民の口にも合い、たちまち食卓に定位置を占めていきました。先発との違いを武器に地位を確立したマルキン醤油(しょうゆ)。現代でなくても、「商品は個性!」を語るエピソードですね。
●醤油(しょうゆ)の役割
<醤油(しょうゆ)完成の陰に魚あり>
日本に醤油(しょうゆ)が発達した理由は食生活にあります。海に囲まれた日本は魚の宝庫。しかも、仏教の影響で獣の肉を食べることが敬遠されてましたから、魚は重要なタンパク源です。とはいえ、魚には特有の生臭さがあり、とりわけ刺身で食べるとそれが顕著です。もちろん、そんなことは気にならないという方も少なくないでしょうが、たとえ日本人であっても「生もの生臭さが苦手」という人は意外に少なくありません。そこで醤油(しょうゆ)。実は醤油(しょうゆ)は魚の生臭さを消す働きをします。さらに刺身で食べる際には、ワサビがそれを助けます。生臭さが気にならないという人は、一度試しにワサビも醤油(しょうゆ)も無しに刺身を食べてみてください。醤油(しょうゆ)の大きな役割を、身をもって知ることになるかもしれませんよ。
<醤油(しょうゆ)が生み出す“旨味”とは>
もちろん、醤油(しょうゆ)が力を発揮するのは、刺身に対してだけではありません。他に重要な要素として “旨味”を生み出すという役目があります。「旨味…?それなに?」と、思われる方もいるかもしれませんね。料理には塩味・辛味・甘味・酸味・苦味の5大味覚がありますが、旨味はそれに含まれていないのですから。ところが旨味という感覚は確かにあり、しかもそれは、面白いことに日本人だけが感じることのできる味と言われています。
言い換えれば醤油(しょうゆ)は、「旨味」を知る日本人だからこそ生み出せた調味料ともいえるのです。しかし今、世界に認められている醤油(しょうゆ)。どうやら「旨味」がわかる人は世界にいるようです。それでも、醤油(しょうゆ)という調味料を完成させ得たということを考えれば、旨味への敏感さは日本人がひときわすぐれていたということかもしれませんね。
<味も香りも醤油(しょうゆ)は一級調味料>
味だけでなく、香りや見た目も醤油(しょうゆ)の魅力の一つです。「香りはともかく見た目…?」。そうですね。醤油(しょうゆ)は茶色い液体ですから、なんだか見た目の美しさとは縁遠いようは気もします。ところが、どっこい。醤油(しょうゆ)は加熱されることで、食欲をそそる香りを身につけます。これに関しては、なるほどと納得される方が多いでしょう。お餅に代表されるように、醤油(しょうゆ)の漬け焼きや照り焼きはその香りをかぐだけでおなかがグーとなりそうです。
でも見た目は…と、ここで思い出してください。テラテラと光ったお餅の表面、あるいは照り焼きの魚の表面(たとえばブリの照り焼き等)を。あの照りがさらに食欲をそそりませんか。そうなんです。あの美しい“照り”を身につけるのも醤油(しょうゆ)独特の性質。醤油(しょうゆ)は、見た目も侮れない調味料というわけです。
ちなみに、質の良い醤油(しょうゆ)ほど照りも美しいもの。また醤油(しょうゆ)単体で見た場合でも、新鮮で良質な醤油(しょうゆ)は茶色といえどもきれいな透明。無職透明のガラス容器に入れ、光に透かしてみればそれがわかります、
<殺菌にも…まさに万能、醤油(しょうゆ)パワー>
その製法上、発酵食品の分類にも入る醤油(しょうゆ)には適度な塩分やアルコール、有機酸などが含まれています。塩にはもともと殺菌力があるうえ、アルコールや有機酸も働くため、醤油(しょうゆ)は食材の殺菌にも役立つ調味料として仕上がっています。白いご飯のお伴として根強い人気の佃煮や醤油(しょうゆ)漬けなどはこれをうまく活かして作られた食品。この殺菌作用も醤油(しょうゆ)の大きな役割の一つです。どうです、この辺で、醤油(しょうゆ)への見方がちょっと変わってきませんんか。
しかし、まだまだ。さらに醤油(しょうゆ)の辛味は、甘味を引きたてたり、塩味などと調和して全体的な辛味を抑えたりという特性まで持っています。たとえば、そのままでも充分に辛い塩ジャケにうっかり醤油(しょうゆ)をかけたら、あら、不思議、塩味がマイルドになったような…という経験はありませんか。実はこれは、醤油(しょうゆ)がその独特の性質を発揮してくれた結果です。
見た目の地味さに反して並ぶ醤油(しょうゆ)の役割に、うれしい特性…こんな万能調味料を生み出した日本。なんと奥深い国と、ちょっと胸を張ってみたくなりませんか。
●醤油(しょうゆ)の主な種類
卵かけ用の醤油(しょうゆ)をはじめ、最近多彩になる一方の醤油(しょうゆ)のバリエーション。個別の商品名として数えていけば、その数は数千に昇るのではないかと言われています。もちろん、これをすべて知っておくというのは、いかな醤油(しょうゆ)の本家・日本人でも(専門家でもなければ)無理な話。しかし、どこのお店にもあるレベルの基本的な醤油(しょうゆ)の種類については知っておいても善いでしょう。そこで、それらをご紹介。
<濃口醤油(しょうゆ)>
一番オーソドックスな醤油(しょうゆ)。シェアも高く、日本で生産される醤油(しょうゆ)の約8割がこの濃口醤油(しょうゆ)です。焼き魚や漬物、その他のお惣菜などに使う卓上醤油(しょうゆ)としてだけでなく、煮物、焼き物、炒め物と大活躍。言い換えれば、この濃口醤油(しょうゆ)については、どこへ行っても不自由しないということ。生産量が多いということを考えれば、海外に行っても、さまざまな土地で出会えるでしょう。まさに故郷・日本の味と言えます。
<淡口醤油(しょうゆ)>
「淡口」という名前のために勘違いされやすいのですが、薄味の醤油(しょうゆ)というわけではありません。むしろ、塩分は濃い口より高め。というのも、醤油(しょうゆ)はその製造工程において醸造期間を長くすれば色が濃くなります。淡口醤油(しょうゆ)は、塩を多く入れることで醸造期間を短縮した醤油(しょうゆ)。つまり、「淡」は「淡色」の「淡」なのです。色が薄いので、たとえば煮物に使えば、、濃口にくらべて淡い色合いの上品な姿に仕上がります。京都をはじめ、見た目を淡い色に仕上げることを良しとするお料理づくりの際には重宝される醤油(しょうゆ)です。
<生揚(きあげ)醤油(しょうゆ)>
JASの分類では、「再仕込みしょうゆ」。また、生しょうゆの名前で売られていることもよくあります。一般の醤油(しょうゆ)は製造工程で加熱処理されるのが普通ですが、生揚げ醤油(しょうゆ)は加熱処理が施されずに仕上げられます。しかも、加熱せずにしっかり発酵させるために、加熱される以前の醤油(しょうゆ)が混ぜ合わされます。つまり、加熱されないので「生揚げ」。その分、香りや風味が高く仕上がります。お店の醤油(しょうゆ)コーナーで少しお高めの値段がついているのはこのため。なお、刺身醤油(しょうゆ)も実は、この生揚げ醤油(しょうゆ)の分類に入ります。
<白醤油(しょうゆ)>
生産量は醤油(しょうゆ)全体の1%程度ながら、一部地域では人気根強い白しょうゆ。他の醤油(しょうゆ)が大豆を主な原料としているのに対し、白醤油(しょうゆ)は小麦を主原料に作られます。醤油(しょうゆ)なら主役…のはずの大豆がこと白醤油(しょうゆ)に関してはサブの役割。また、ほかの醤油(しょうゆ)に比べて糖度が高いのが特徴。それもあって、煮物の隠し味などに重宝されます。
<たまり醤油(しょうゆ)>
刺身醤油(しょうゆ)と混同されることが多いのがこの「たまり」。しかし、生揚(きあげ)醤油(しょうゆ)のコーナーでもご紹介している通り、たまりはあくまで「たまり」。特長は、他の醤油(しょうゆ)が大豆と麦を使うのに対し、たまり醸造に使われるのは大豆だけ。しかも、昔ながらの手間のかかる製法で作られます。火を通すと赤みを増すため、家庭用としてよりは、醤油(しょうゆ)味のせんべいのようなお菓子の味付けによく使われています。
<減塩醤油(しょうゆ)>
人々の健康志向を受けてうまれた、醤油(しょうゆ)の中では新顔。基本的には濃口醤油(しょうゆ)の分類に入る商品が多いようです。JAS規定でも単独の種類には分類されていません。ただ、最近の風潮を受け、その商品バリエーションは広がっています。
<丸大豆醤油(しょうゆ)>
どうやら世のグルメ志向を受けて産まれた醤油(しょうゆ)。普通の醤油(しょうゆ)は材料の大豆を、油を絞り採ってから使いますが、この醤油(しょうゆ)は名前の通りに油を搾らない丸のままの大豆を材料に醸造します。だから「丸大豆」。絞られなかった大豆の油分が独特のまろやかさや風味を生み出してくれることから人気が高まりました。